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2006年5月12日 (金)

カナリア

Canary 父的存在の不在。 

■あらすじ■

母親に連れられ、カルト教団“ニルヴァーナ”の施設で暮らすことになった光一(石田法嗣)と妹。 
教団はその後、テロ事件を引き起こし壊滅。 

母親は行方が知れず、光一と妹は関西の児童相談所に預けられる。 
やがて祖父が妹を引き取るが、光一の引き取りは拒否。 

ある日、光一は再び、親子3人で暮らすために児童相談所を脱走。 
妹を取り返すため、東京の祖父母の家を目指す。

その途中で、心に傷を抱えた少女・由希(谷村美月)に出会う。

(2004/日本) ★★★

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寡黙で瞳で演技の出来る主役の石田法嗣も良かったですが、由希役の谷村美月が良かったです。

この子、映画館で黒い涙を流している子だよね。 
大阪弁を軽快に操り、さらりと光一に寄り添う姿が不自然でなく目を引きました。 

無関係なのに、光一の孤独な旅路に寄り添って、「パッション」での“マグダラのマリア”を思い出しちゃった。 

でも、「光一」=「キリスト」ではなく、 光一は「神の子」であることを否定された存在。 

自分は何者なのか。 
この世界は何なのか。 
どこへ行けばいいのか。 
どうすれば良いのか・・・。

疾走」でも、孤独な主人公に女の子が寄り添うお話でした。 
親に見捨てられるところも似てます。 

映画は時代を反映しているなら、冒頭に書いたように「父的存在の不在」が気になります。 

この映画には光一の父親は登場しない。 
死亡したのか、離婚したのかも、一切語られない。 

肉親である父親から否定された母・道子にとっての「父的存在」は、カルト教団の教祖なのだろう。 

また光一も、祖父から拒絶されるけど、伊沢(西島秀俊)が「父的存在」に近いのではないだろうか。 
初めて教団施設に来た日、食べ物を床に投げ出す光一は伊沢の出方を試したのではないか?

懐疑的な光一に、全身全霊でぶつかってきた人。 
だからこそ、光一は伊沢に心を許すし、伊沢が信じているものを信じたのではないか。 
そんな気がした。

生きていくには誘惑も多い。 唆され、騙され、傷つけられる。 

自分を守ること。 自分で生きること。 自分で決めること。

伊沢の厳しい言葉の中には、そんな意味も含まれていたんじゃないかと思う。

絶望から見た、希望の光。 
それを見失わなければ、きっと取り返しは付くし、何度だってやり直せると思いたい。 

施設の中や、元信者達の共同生活に、子供達の新しい環境への適応力を見せ付けられる。 

でも、この映画で気になるところが2点。 

「りょう」と「つぐみ」のレズ・カップルの登場は演劇的すぎて変。 
この部分だけ、ちょっと浮いてます。 
あまりにも浮世離れしていると言うか、寓話的すぎるような・・・。

そして、ラスト。 
光一に現れる「ある変化」は、面食らいました! 

個人的には、何も変えない方が良かった気がするなぁ・・・。 
あからさま過ぎると言うか、画面から浮いて見えるもん。 

光一の未来を見据える表情だけで、充分だと思うのですがね・・・。

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