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2006年10月18日 (水)

太陽

The_sun 日本のチャップリン?

■あらすじ■

1945年8月。
疎開した皇后(桃井かおり)や皇太子らとも離れ、地下の待避壕か唯一残った研究所での生活を送る天皇(イッセー尾形)。
敗戦が決定的となる中、御前会議では陸軍大臣が本土決戦の用意あり、と息巻く。
それに対して国民に平和を、と願う天皇は降伏を示唆する。
空襲の悪夢にうなされ、皇后と皇太子の写真を優しく見つめる天皇。
やがて、連合国占領軍総司令官ダグラス・マッカーサー(ロバート・ドーソン)との会見の日がやってくる。

(2005/ロシア・イタリア・フランス・スイス) ★★★★

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外国から見た日本のファンタジーとして面白く観ました。
史実を忠実に描くことには力点が置かれていないので、そこは期待しない方がいいです。

昭和史を詳しく知らない私でさえも、あれっ?って思うことがあったけど、どこが事実でどこが想像なのかは、そんなに重要じゃない映画でした。
敗戦と向き合う天皇の苦悩を、日常の些細な事柄に焦点を当て描き出す。

気付けば私は、生きてる年数は「昭和」よりも「平成」の方が長いんだった。
だから「天皇陛下」と言うと、今生天皇のことを思い浮かべます。

「太陽」で描かれてる天皇の口癖「あ、そう」も知らないし、
まして、現人神として「天皇」を崇めていた時代のことは、知識としてしか持ち合わせていない。
今、天皇陛下を現人神として崇拝しなさいと言われても、ピンと来ないし何かの冗談かと思ってしまう。
それくらいに精神的には追いつけない時代のお話。

だけど、学校でも象徴天皇と教わり、特別な目で皇室を見ている自分がいて、どこか日本の拠り所に思ってる。
いくら昭和天皇と縁遠かったとはいえ、ヒトラーのような独裁者や戦争犯罪人として描かれていたら、かなりの衝撃を受けたと思います。

20世紀の権力者を取り上げた4部作のうち、ヒトラーの「モレク神」、レーニンの「牡牛座」に続く3作目として作られた作品が、天皇ヒロヒトを描いた「太陽」。

アレクサンドル・ソクーロフ監督は、天皇の戦争責任を追及したり、断罪することもしない。
ただ孤独で悲しみにくれ、弱々しく、またお茶目な一面をもった人間像を写し取る。

日本人には描けない映画。

日本人が天皇を描くと思想・信条なんかを問われたり、尊厳をこめて描かないといけない制約みたいなものがありそうだものね。
その点、ロシア人の監督はどこまでも自由。

自分は人であると知っている神。
その居心地の悪さをすくい取る。 

天皇をチャップリンみたいだとからかうシークエンスは、絶妙のサジ加減。

天皇が写真アルバムを広げ、眺めている海外の有名俳優のなかにチャップリンの写真を忍ばせ、マッカーサーに「誰かに似ている・・・」とつぶやかせる。
そこにきて、チャーリー・チャップリン!
普通なら、ありえないっ!!
けれど侮蔑するためのシーンじゃないのは、チャーリーの呼びかけに気軽に応えてみせる天皇に見て取れる。
天皇を守ろうと必死で止めさせる侍従(佐野史郎)が可笑しく見えてしまう逆転現象。

侍従は天皇の何を必死で守ろうとしているのか。
尊厳?

仕える侍従たちは、天皇を恭しく敬い、仰々しく振舞う。
窮屈に感じるほどに。

天皇が午睡中に見る悪夢の映像は、悲惨なはずの焦土と魚の爆撃機が異様に美しく描かれていて印象的。

チョコレートのシーンもユーモアがあって面白く描かれてました。

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