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2006年11月13日 (月)

ウィンター・ソング

Perhaps_love 10年のブランクは長い。
したたかな女性に恋した純情青年の苦悩。

■あらすじ■

昔の上海を再現したスタジオでミュージカル映画の撮影がスタートする。
ヒロインは、ニエ・ウェン監督(ジャッキー・チュン)の寵愛を受けて のし上がって来たスン・ナー(ジョウ・シュン)。
そんなスン・ナーの相手役として香港から呼ばれた人気俳優、リン・ジェントン(金城武)。

かつてスン・ナーとリンは恋人同士だったが、スン・ナーが女優への野心を抱き 突然 姿を消した。
以来10年間、リンは彼女への想いを断ち切れず苦悩してきたのだった。

(2005/香港) ★★☆

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中国語圏で作られたミュージカル作品。
劇中劇として撮影されるミュージカルに合わせて展開されるので、突然歌いだす違和感は少ないものの・・・ハリウッド製に比べると見劣りするのは避けられない。

けど、頑張ってたかな。
ところどころで「ムーラン・ルージュ!」を彷彿とさせました。
あそこまで派手さと勢いはないけれど、メリー・ゴーランドのようなおもちゃ箱の世界。
映像もキレイで、金城くんも格好良くて、ジョウ・シュンも可愛かったのに、なんでこんなに心惹かれない映画なのか不思議です。

誰にも感情移入が出来なかったので
切ないとか、胸がときめくとか、心打たれるとか、感情を一切揺さぶられなかったんだよね。
そんな恋愛映画はちょっと辛いものが・・・。

ずっと公開を楽しみにしてたので、期待が大きすぎたのかなぁ?

劇中劇として撮影されるミュージカル映画のシナリオは、こんな↓内容。
『“小雨(ジョウ・シュン)”は記憶喪失になって、かつての恋人の記憶を失っている。 
 放浪の果てにサーカス団に拾われ、サーカス団の団長(ジャッキー・チュン)から愛されるようになる。
 しかし、そこにかつての恋人“張楊(金城武)”が現れる。
 張楊のことを全く覚えていない小雨だが、あるキッカケで記憶を取り戻す。
 そんな2人の関係を察知した団長は、小雨に詰め寄るが・・・。』

劇中劇の内容が主演俳優2人と監督の関係にそのまま重なるのです。
だから、時々このシーンは劇中劇なのか、そうでないのか混乱するけど、あまり突き詰めて考えて鑑賞しない方が良さそうです。

全ては「天使」のなせるワザなのです。

「人生は映画そのもの。 人はみな、映画の主役・・・(中略)
・・・カットされたシーンを、また必要になった時に戻してあげるために・・・」

意味深なことをつぶやいて登場する“謎の人物(チ・ジニ)”。
いろんなシーンに出没しては、リンとスン・ナー、そしてウェン監督を見守る。
最後まで正体不明だったのですが、なんと天使だったのですね!

この役、必要だったのかな~って感じるくらいに出番は少なかったけど、
要の映写室のシーンで「昔の2人が抱き合っている」シーンを上映してあげたり、
監督とリンに酸拉麺を出してあげたり、一応、彼なりに尽くしてました(笑)。

確かに「天使」の存在は、この映画をファンタジーに包むけど、映画で描かれている恋愛はかなりシビアです(笑)。

昨今、流行の「純愛」ものとは一味違います。
でも、昔の恋人を10年も想い続けるなんて、純愛映画かと思ってしまうよね。

映像で語る・・・と言うか、観て、自分なりの解釈が必要なシーンもあったりして、以下は私なりの解釈です。

※(以下、ネタバレあり)

10年前は恋人同士だったリンとスン・ナー。

この映画の白眉シーンに、娼婦街をリンとスン・ナー(小雨と張楊?)が逃げるミュージカル・シーンがあります。
そこでスン・ナーの正体が「娼婦」だと明かされます。
一番可愛いのは、自分。 
欲のためなら、愛する男を捨てることも、自分の身を落とすことも出来るのだと、
女のしたたかさを男に突きつける。 

奔放なスン・ナーに裏切られ、心を引き裂かれたリン。
愛情と憎しみは表裏一体。
スン・ナーに復讐したい気持ちも確かにあったのでしょう。

しかし10年経ってスン・ナーと再会したのには、他の訳がある。
それは、彼女とのよりを戻したいのではなく、彼女との愛を確認したかったのです。
自分たちは本当に愛し合っていた。
スン・ナーは本当に自分を愛していたと。

このあたりは、恋愛を割り切ることが出来ない情けなさも感じますが、突然、彼女がいなくなってしまったら、そんな気持ちになるのかも?

10年前の上海時代の愛を再確認したリン。
興味深いのは10年前の愛が現在につながらないこと。

リンが愛していたのは“ラオスン”と名乗っていた頃のスン・ナーであって、今のスン・ナーではないのです。

でも、復讐のためスン・ナーをアパートに置いてけぼりにしたリンが、空港から戻って2人抱き合うシーンは、2人の愛が復活したのかと思いました。
リンの中にはスン・ナーを愛しく思う気持ちもあるのだろうけど、所詮スン・ナーは平気で男を捨てることが出来る女でもある。
リンは同じことを繰り返さずに、現実的で堅実な選択をする。

他方、リンとスン・ナーの関係を察知して雲隠れしてしまった監督は、ラストシーンを大幅に書き換えて姿を現す。
そのラストシーンは「小雨にいい思い出として記憶してもらうために、団長は身を引く=死を選ぶ」というもの。。。

そのクランプ・アップのシーンでこの劇中劇の題名が「私を忘れないで」だと明かされるんだけど、タイミングからすると「私を忘れないで」の「私」って“団長”のことかと思ってしまう(笑)。
劇中劇の内容からすると“小雨”か“張楊”が適当な気がするんだけどね。

でも、三者三様に捉えていい題名なのでしょう。
それぞれが「私(私たちの愛)を忘れないで」と言っている映画なのです。

そうして、それが最後の「北京を忘れないで」と言うセリフにつながる。

劇中劇では死んでしまった団長だけど、団長を演じた監督は死なない。
むしろ監督もリンも、この映画を経てスン・ナーのことを吹っ切ることが出来るようになる。

監督とリンがスン・ナーを巡って争ったりしないのも、この映画がリンとスン・ナーの過去を巡るストーリーだからです。

ファム・ファタールや魔性の女と言うには色気がないので、ジョウ・シュンは小悪魔役といったところ?
でも、女優(スン・ナー)時代より、踊り子(ラオスン)時代の方が、小悪魔的だった。

それに大作映画のはずなのに助演俳優が決まっていないのも、変。
監督が「俺がやるっ!」って言い出したときには、インディーズ系なノリに笑いそうになってしまいました。

香港の方が映画製作は発達していそうなのに、わざわざリンが規制の厳しい中国で映画製作を勉強しようとしているのも腑に落ちなかったです。

でも、金城くんはとにかく格好良かったよ。

残されたジョウ・シュンがどうなるのか気になるけど、小悪魔的にたくましく生きてゆくのでしょう。。。

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