ドア・イン・ザ・フロア
■あらすじ■
著名な児童文学作家テッド・コール(ジェフ・ブリッジス)とその妻マリアン(キム・ベイシンガー)は、4歳の一人娘ルース(エル・ファニング)とともに、裕福で何不自由ない生活を送っていた。
だが、マリアンは数年前の或る事件以来、深い悲しみの中に心を閉ざしていた。
そこでテッドは、ダウンタウンに新しく部屋を借り、その部屋と自宅を一日おきに交代で寝泊まりするという奇妙な別居生活を提案する。
そして、その夏。
テッドは作家志望の高校生エディ(ジョン・フォスター)を助手として雇う。
憧れの作家に会えると期待に胸を膨らませてやって来たエディは、出迎えた美しいマリアンに一目惚れするとともに、少しずつ一家の悲しい過去を知っていくのだった・・・。
(2004/アメリカ) ★★★☆
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深い悲しみに捕らわれた妻。
どうすることも出来ない夫。
まだ幼い娘。
機能不全に陥った家族の中で、嫌でも育つしかない「ルース」の存在に惹きつけられました。
演じるエル・ファニング(ダコタ・ファニングの妹)が、とても可愛かったこともあるけど、
ルースは、生まれてから1度も会った事のない“兄たち”の存在を受け入れている。。。と言うよりは、受け入れざるを得ないんですよね。
それは、ルースの家族は写真の中に存在しているからなのだと思いました。
現実を生きることが出来ない母親マリアンは、ルースの世話が焼けない。
だからルースは写真の中の母親に会いに行く。
その中には当然、“兄たち”が存在している。
母親マリアンにとってかけがえのない子供たち(=写真の中の兄たち)。
写真の中に存在しない自分(=ルース)。
写真と対峙することがルースにとっては、自分の存在を確認するための行為のようで、ちょっと切なくなりました。
しかもマリアンは、新しい子供(ルース)よりも、失った子供によく似たエディに関心を持つ。
ルースは、そんな母親の心理を感じとっていたのだと思います。
今、生きて、側にいるのに、
失われた影にばかり想いを寄せている母親。
母親の深い喪失を自分の存在では埋めることが出来ないと知っているなんて、なんだか淋しいです。。。
キム・ベイシンガーもジェフ・ブリッジスも、熟円の演技で安定感がありました。
エディ役のジョン・フォスターも好青年で良かったです。
静かに丁寧に進行していくストーリーが、突然、大きく滑稽な展開を始めるのにも意表をつかれました。
ドラマティックな盛り上がり方はしないし、悲しい過去の話も想像通りだけど、
届きそうで届かない、
触れられそうで触れられない、
薄いヴェールに包まれているような、不思議な印象が残りました。
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